言葉だけじゃたりない?!

日本語教師わかばの綴る日常のあれこれ。映画や本について書くことが多いです。たまに旅行記やアウトドアも。

本No5【世界を、こんなふうに見てごらん】答えが見えなくても探ることに意味がある

「この本は難しかった。」

「この本はわりと簡単、読みやすかった。」

などと、感想と言うか、印象を語ってしまいがちです。

だけど、私は今回出会ってしまいました。

簡単に読めて、中身が難しい本を・・・。

おはようございます。

わかばです。

今日は日高敏隆著「世界を、こんなふうに見てごらん」

を紹介します。

 

世界を、こんなふうに見てごらん (集英社文庫)

世界を、こんなふうに見てごらん (集英社文庫)

 

 本当に易しい言葉で書かれていて、

電車の行きかえりで読めてしまうような本だし、

賢い小学生なら容易く読めそうな本なのです。

でも、・・・深い・・・実に深い・・・。

 

ブログに感想を書こうと思って、

はたと立ち止まって考えました。

さて、私は何を書こうか・・・

何を理解し、何を伝えたいか・・・

わからなくなってしまいました。

何度か読み返し、

気になるところにアンダーラインをひきました。

それくらい深く、

本質に迫った言葉の数々であったのだと思います。

 

筆者は2009年に他界されていますが、

動物行動学者です。

この本は動物や昆虫を観察し、

観察を通して筆者が考えたことが書いてあるエッセイです。

 

何度も読むうちに、一番印象に残ったことを書きます。

あるいきものがある行動をとるのは、

もともとそうなのか(遺伝)、

後天的なものなのか(学習)

研究者のなかでも、「遺伝だ」という時代があり、

「学習だ」という時代もあって、そのときそのときによって、

大きく振れるそうです。

そうしてこう続きます。(以下引用)

 

 一方が強く主張する時代があり、またその反論の時代があり。遺伝か学習かの問題は、延々と振り子のように両方のあいだで揺れをくり返している。

 なぜ我々はいっしょうけんめいそんな議論をするのか。ぼくはそのおおもとは戦争だと思っている。

(中略)

戦争はなくしたいとみな本気で思っている。ないほうがいいと思っているのに起こるのはなぜか。

 学習が足りないからか。本来なくならないものなのか。

(中略)

いろいろな例を眺めてみると、どうも本来戦ういきものというわけではなく、状況によって、下手をすると戦いになったり、ならなかったりしている。また、戦わないことが必ずしもよい結果につながらないこともある。

 そのように現実のものごとは複雑におさまっているのではないか。

 

 まず、いろいろな例を眺めることが必要なんだなぁ・・・

そうそう、日本語でもそうする。

いろんな例文作ってみたりして。

 

一面だけをみて判断しないこと。

 

そして現実は複雑だ・・・ということ。

 

「AはBだ」というような答えがすぐでない。

そうだよなぁ。子育ても人間関係も仕事も、

「こうすればいい」なんていう答えはない。

 

答えが出たと感じてしまうようなときは

振り子といっしょに

振られているのかもしれない。(以下引用)

 

揺れる振り子の、その奥にあるいきものの根本をじっとみつめ、それはいったい何なのだろうと、わからなくても探り続ければいいのだろうと思う。

 

揺れる振り子と同じように

自分も振られながら、

また立ち止まりながら、

わからなくても、

探りつづけようと思います。

 

探るって何を?

では、さようなら~

世界を、こんなふうに見てごらん (集英社文庫)

世界を、こんなふうに見てごらん (集英社文庫)