言葉だけじゃたりない?!

日本語教師わかばの綴る日常のあれこれ。映画や本について書くことが多いです。たまに旅行記やアウトドアも。

本No6【赤めだか】修業とは矛盾に耐えることである。

一昨日のドラマ「赤めだか」最高でしたね!

ニノもたけしも最高だし、

スペシャルゲストも本当にスペシャルだし、

音楽もよかったですねー。

80年代の名曲のオンパレードです。

映画にしてもよかったのに・・・

こんばんは。

わかばです。

 

私が談春さんを知ったのは、

たしか何年か前の「情熱大陸」でした。

それまで落語の何たるかを全く知らなかった私は、

ただ、ステージに座って話すだけで、

客を泣かせてしまう・・・という落語というものに、

興味を抱きました。

その後、京都で行われた談春さんの独演会に行き、

「死神」を聴きました。

そのサゲが本当に本当に最高でした。

いつの間にかドラマにまで出るようになられて、

本当にチケットがとれなくなりました・・・(泣)

 

さて、今日はその原作本

「赤めだか」立川談春著(扶桑社)

を紹介します。

 

赤めだか (扶桑社文庫)

赤めだか (扶桑社文庫)

 
赤めだか

赤めだか

 

 

この話は「人の育て方」の話です。

談志がどのようにして談春さんに自分の哲学を伝えてきたか。

談春さんがどのようにしてそれを受け止め、自分のものとしてきたか。

 

私が大事だなぁと思うのは、

教える側に哲学があるかどうかということです。

それは何も歌舞伎や落語の世界に限ったことではないのです。

 

親と子、教師と学生、上司と部下・・・

誰かを教え導くとき、その人に「哲学」がないと、

ついていけないのです。

 

「哲学」があっても、

導かれる側にそれが伝わらなければ、

ご縁がなかったということになるでしょう。

 

でも、「哲学」がないとその関係性は

うすっぺらいものになってしまう。 

この世の中、そんな関係性がほとんどですが。

 

また、その「哲学」を伝えていくのが、

人間の心の底から湧き出る「言葉」なのです。

 

人を育てるというのは、

自分の「哲学」があり、

それを語る「言葉」を持ち、

相手がそれを受け取ってこそ、です。

 

じゃあ、その「哲学」をどうやって作るのか?

それは、「経験」しかないです。

どんなことにもチェレンジして「経験」を積み重ね、

いろんな思いを「経験」してゆくことでしか、

「哲学」を自分のなかで発酵させていくことはできません。

 

だから、やっぱり来年もチャレンジの年にして行こう!

と思います。

 

それにしても、談志の言葉は最高にシビレます。

よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗むほうにもキャリアが必要なんだ。最初は俺が教えたと通り覚えればいい。盗めるようになりゃ一人前だ。時間がかかるんだ。教えるほうに論理がないからそういういいかげんなことを云うんだ。いいか、落語を語るのに必要なのはリズムとメロディだ。それが基本だ。

語学を習得するのに必要なのも、リズムと メロディです。

修業とは矛盾に耐えることだ。

「嫉妬」について談春に語る言葉もいいです。

己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱味を口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送れば、それで解決するんだ。しかし、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからな。(中略)よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして、現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う。 

 

掃除が済んだら、一席いかが?

では、さようなら~。