言葉だけじゃたりない?!

日本語教師わかばの綴る日常のあれこれ。映画や本について書くことが多いです。たまに旅行記やアウトドアも。

映画No13【バベル】わたしたちはつながっているのか?それともつながっていないのか?

言葉って何のためにあるのかなぁ。

伝えるためだよなぁ。

伝わらない時もあるよなぁ。

そういうときどんな気持ちになるかなぁ。

そうしてどうすればいいんだっけなぁ。

そもそも、わたしは何でこれを書いてるのかなぁ。

 

こんばんは。

わかばです。

 

バベル(2006/米)

今日も映画の紹介をしたいと思います。

今日の映画は「バベル」です。(2006/米)

監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ

キャスト:ブラッド・ピット 菊池凜子

バベル スタンダードエディション [DVD]

 

あらすじ

 モロッコを旅行中のアメリカ人夫婦のリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)が、突然何者かによって銃撃を受け、妻が負傷するという事件が起こる。同じころ、東京に住む聴覚に障害を持った女子高生のチエコ(菊地凛子)は、満たされない日々にいら立ちを感じながら、孤独な日々を過ごしていた……。

 (シネマトゥディより)

 

つながっているのか?いないのか?

アメリカ、メキシコ、東京、モロッコで起きる事件が、

複雑に絡み合って、やがてひとつになる。

「そう、世界はつながっているのだ」

と思わされる。

 

それなのに、目の前にいる人間は何を考えているのか

さっぱりわからない。

 

それは言葉が違うこともあるし、 

耳が聞こえないこともあるし、

家族において、

社会において自分が置かれている立場が違うこともある。

 

伝わらないことや受け入れられないことで、

感情は渦をまくように荒立っていく。

 

そして、そんなディスコミュニケーションの間を

銃弾があっけなく突き抜ける。

 

東京

こんなにも多くのものに囲まれているのに、

東京に住む母を亡くしたチエコの心は孤独。

いつもイライラしていて、女として受け入れられることで、

それを埋めようとするのだけれど、

誰もチエコを受け入れてくれない。

そしてさらにひとりぼっち感を強める。

 

メキシコ

メキシコ人の不法就労者のアメリアは、

ベビーシッターとして、

アメリカ人の兄妹の面倒を

我が子のように見ているが、

アメリカ人である子どもたちと

不法就労者のメキシコ人であるアメリアは、

まったく別の世界の人間である。

 

モロッコ

モロッコで妻を銃撃された

リチャードも、文化も言葉も生活水準も違うので、

途方に暮れる。村医者の言葉を上手く伝えられない、

ガイドに「ちゃんと訳せよ!」なんて言葉を荒げる。

言葉がわからないということは、

こんなにもどかしいものだったのだ。

改めて思い起こさせてくれたように思う。

 

そういう「通じない」「伝わらない」「わかってもらえない」

というシーンが永遠と続く。

 

珠玉のシーン

ただ、わたしがすごくいいなと思ったのは、

重症の妻がヘリで搬送される時、

リチャードがガイドにお金を渡そうとするのだけれど、

ガイドはそれをやわらかく拒否。

そして握手して、別れる。

そのシーンがなんとなく、

それまでのディスコミュニケーションを破って、

ひとりの人間同士として、

対等に助け合えた。

そして、危機を乗り越えた

象徴のようなシーンですごく印象に残った。

 

他にも珠玉のようなシーンが多々ありました。

 

この映画をみて、

これからも、どんなかたちであれ、

言葉に携わっていこうと思いました。

 

アレハンドロ・イニャリトゥ監督

そうそう、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥって、

アモーレス・ペロス」の監督でもあったのですね。

全然知りませんでした。同じようにオムニバスっぽくなっている映画です。

また機会があれば紹介したいと思います。

アモーレス・ペロス [DVD]

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言葉に思いを。

では、また~。