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言葉だけじゃたりない?!

日本語教師わかばの綴る日常のあれこれ。映画や本について書くことが多いです。たまに旅行記やアウトドアも。

映画No16【サウルの息子】極限状態で人間であるとはどういうことか?

続けるってことを実現するために、

必要なのは自分に勝つことだと思うのです。

例えば、毎日続けるとするなら、

その作業を軽くして行かないと続かないのです。

実はこのブログを書くために1記事、

1時間以上かかっているのです・・・

でも、書いている間は楽しいので、

やっぱり書こうと思います。

 

こんばんは。

わかばです。

 

先日、巷でうわさになっていた映画

「サウルの息子」を見に行きました。

今日はその「サウルの息子」を紹介したいと思います。

サウルの息子(ハンガリー/2015)

http://img.cinematoday.jp/res/mvga/35/45/v1453473003/354579_001.jpg

監督:ネメシュ・ラースロー

主演:ルーリグ・ゲーザ

あらすじ:

1944年10月、ハンガリーユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、アウシュビッツ=ビルケナウ収容所でナチスから特殊部隊“ゾンダーコマンド”に選抜され、次々と到着する同胞たちの死体処理の仕事に就いていた。ある日、ガス室で息子らしき少年を発見した彼は、直後に殺されてしまったその少年の弔いをしようとするが……。

(シネマトゥディより)


映画『サウルの息子』予告編

ゾンダーコマンド

一番最初に、ぼや~としたピントが合っていない映像から、

始まりました。そこに主人公のサウルがきて、

サウルのアップにピントが合います。

そうやって映画は始まります。

たくさんのユダヤ人が貨車に詰め込まれて運ばれてきます。

自分もユダヤ人であるサウルは、同胞をガス室に送り、

その死体を処理するゾンダーコマンドです。

まず、そういう立場の人たちがいたということに絶句します。

サウルの視点

かといって、「これでもか!これでもか!」

というように凄惨な場面が繰り返されるわけでもなく、

カメラはサウルに限りなく寄って撮影されています。

しかも、その後ろで行われていることには、

ピントがあっておらず、はっきりとは映し出されないのですが、

それは明らかにガス室で殺された人間の死体の山であり、

血のりであったりするわけで、

観客はそこでどんなことが行われていたか

自分のなかでピントを合わせることになるのです。

また、この映画には音楽と言うものがまったくなく、

ユダヤ人たちの叫び声、すすり泣き

ガス室のドアをたたく音が響きわたるのです。

サウルの息子

サウルはガス室生き残ったものの、

その後、処刑された10歳くらいの息子を

ちゃんと弔って埋葬するために奔走します。

周りからやめろと言われても、

そのためにラビ(ユダヤ教の聖職者)を探したり、

死体を隠したりします。

まるでそれが、生きる目的でもあるかのように。

「野火」との共通点

アウシュビッツのような

ユダヤ人であるというだけで、

虫けらのように殺されてしまうような場所で、

人間でいるということはどういうことか?

ガス室で殺され、焼却され、灰は川に流され

まるでモノのように扱われていく多数の人間。

それも、同じ文化・宗教をもつユダヤ人。

「息子は人間だ。人間は死んだら弔うのだ。」

そういうサウルの叫びが聞こえてくるかのようでした。

昨夏に見た「野火」もそんな映画でした。

第2次世界大戦末期のフィリピン。

飢えに直面した田村一等兵が、

「人間を食べるなんて人間のすることではない。」

と叫んでいたのと、重なりました。

野火 [DVD]

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 まとめ

とにかくすごい映画でした。

この映画を撮った監督、驚くことに新人なのです。

そして、カンヌ映画祭グランプリ受賞です。

戦後何年も経って、

人々が戦争のことを忘れそうになればなるほど、

このような映画をつくる意義や、

このような映画を観る大切さが大きくなるのではないかと思います。

 

平和な時代にこそ、戦争の映画を。

では、また~。