言葉だけじゃたりない?!

日本語教師わかばの綴る日常のあれこれ。映画や本について書くことが多いです。たまに旅行記やアウトドアも。

本No4【おおきな木】しあわせとは何か?

私が小学生くらいのころ、

「幸せ~ってなんだ~っけ、なんだ~っけ、

 ポン酢しょうゆはキッ〇ーマン♪」

というCMがありました。

今でもよく覚えています。

関西地方で育ったアラフォーの人なら必ず知っていると思います。

こんばんは。

わかばです。

幸せって本当に何なんでしょうね。

10人いたら10通りの幸せがあるのでしょう。

同じものをみても、

それを幸せととらえるか、不幸せととらえるか

人によって違うと思います。

だけど、それを幸せととらえられる人間になりたいなぁと思います。

今日はこちらの本を紹介したいと思います。

 

おおきな木

おおきな木

 

 

 このお話、木のおもちゃと絵本のお店で発見し、

村上春樹訳なので、即買いしてしまった本です。

小2の娘にゴリ押しでおすすめするのみならず、

強制的に読みきかせ!

「はい、今日はコレね!」

「ええ~。今日は、かいけつゾロリがいいんやけど~。」

「まぁ、いいやん!おもしろいかもしれへんし!」

「ハイ、ハイ、1回だけね。」

というような感じです。

親のゴリ押し本は、子どもにとっては

ありがた迷惑でしかありません。

 

さて、本題です。

この物語の登場人物は少年と木です。

少年は、こどもの頃は、木に登り、

枝にぶら下がって遊び、リンゴの実を食べ、

こかげで眠ります。

少年も木が大好き。

木も少年が大好きです。

でも、少年はいつまでも子どもではいられません。

 

大人になって困ったことがあると、

木の前にあらわれます。

そして、木は少年に与えるのです。

自分の葉を、枝を、幹を・・・

 

そして、木は「しあわせになりました」。

 

どうして?

どうして?木は少年に与えるだけ与えて、

幸せなのでしょう?

 

私はこう考えました。

 

見返りを期待せずに、

人の役にたつことが、

人の幸せなのかもしれない。

 

誰かに何かをしてあげて、

感謝もしない人には「ハァ?!」って思ってしまいますよね。

でも、それはしてあげた「自分」が

自分のなかに存在しているからだと思うのです。

その「自分」がなくなれば、

もっと楽に生きられそうな気がします。

 

わたしはまだまだですが・・・

 

と、ここまで書いて、

宮沢賢治

雨ニモ負ケズ」を思い出しました。

「褒メラレモセズ、苦ニモサレズ、

 サウイウモノニワタシハナリタイ」

 

さて、私はこの「おおきな木」を読んで、

幸せについて考えました。

娘は何を思ったのでしょうか。

何も考えなかった可能性が高いです。

 

でも、物語について、

訳者である村上春樹はあとがきのなかで、

このように書いています。

あなたが何歳であれ、できたら何度も何度もこのお話を読み返していただきたいと思います。一度ですんなりと理解し、納得する必要はありません。よくわからなくても、つまらなくても、反撥を感じても、腹が立っても、とにかく何度も読み返してみて下さい。これまで半世紀近くにわたって、みんながそんな風にこの本を読み継いできたのです。きっと何かがあなたの心に残るはずです。あるいはあとに残るのは木の葉のそよぎだけかもしれません。でもそれだってかまわないのです。(中略)あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。それをあえて言葉にする必要もありません。そのために物語というものがあるのです。物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。 

(訳者あとがきより引用)

 

人の心を映す鏡・・・

幸せについて考えられるということが、

幸せなんだなぁと感じました。

 

忙しい毎日に素敵な物語を。

では、さようなら~。

 

おおきな木

おおきな木

 

 こちらもついでに。娘のお気に入り。