日本語教師わかばの教え方がうまくなるブログ

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【生配信】12人の優しい日本人をみました

最近ネット上にすばらしい無料コンテンツが

溢れていて、

もうなんだかどれを見るのだか

ちゃんとメモしておかないと

忘れてしまいそうな今日この頃。

皆さんいかがお過ごしですか。

 

こんばんは。

わかばです。

 

さて、5月6日にYoutubeで生配信された

「12人の優しい日本人を読む会」皆さんはご覧になりましたか?

わたしは見ました!

 

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「12人の優しい日本人」は

脚本家三谷幸喜氏の戯曲です。

1990年に初演。その後映画化もされました。

詳しくはこちら

 

わたしは映画を観たい観たいと思いつつ、

観ていませんでした。

(こういうの、まじで減らしたい!)

 

でも、2020年、この自粛真っ只中のGWに、

Zoomで役者が集まり、戯曲を読むのが、

Youtubeの生配信で観られました。

とてもうれしいし、面白かったです。

今日はこの「演劇」からわたしが

学んだことを書きたいと思います。

 

あらすじ

まだ、裁判員制度がなかった時代に、

「もし日本のアメリカの陪審員制度があったら」

と仮定して、ある殺人事件の被告を

「無罪」か「有罪」か話し合うというストーリー

spice.eplus.jp

現在はこちらで見られます


12人の優しい日本人 を読む会(前編)


12人の優しい日本人 を読む会(後編)

人の意見はころころ変わる

最初に全員一致で「無罪」と決まるのですが、

その直後に「やっぱり有罪じゃないですか?」

というところから話は始まります。

「え!さっき無罪に手をあげたやん」

って思いますよね。

 

でも、これってなんとなくわかります。

1人で違う意見をいうのって勇気がいります。

 

気が引けますよね。

でも、どうしてもしこりが残って

「あの、やっぱり・・・」ってなる。

これいうのって、あるあるです。

 

そうこうしているうちに、

話がいろんなところに転び、

無罪から有罪へ、有罪から無罪へ。

意見が変わっていく。

 

人間の意見って変わるもんですよね。

それなのに、変わると

「あっ!節操のないやつ!」

って思われたりする。

 

そんな心のキビみたいなものが

ユーモラスに描かれてていて、

とても面白かったです。

 

どうでもいい話題で議論がそれていくところとか、

「とにかく頑張りましょう」っていうところとか。

 

 

意見の根拠はだいたい経験

それと、おもしろかったのは、みんなが意見をいう時、

「Aだと思います。だって、わたしもそうだから」

と言うことです。

 

「そんなの、あなたの場合だけでしょう?」

と言いたい時、けっこう現実の世界でもありますよね。

自分もやっているかもしれない。

 

でも、そんなもので相手は納得しないというのが、

よくわかります。

 

そして、人間というのはとにかく

自分の経験を語りたいものなんですよね。

 

それでも話し合いのテーブルにつく

最初に話し合いもしなかった12人が、

ぐるりと1周回って、

おおよそ、話し合いや

議論とは呼べない議論を経て、

結論を出しました。

 

そんな2時間半のドラマをみていて、

なんといっても、

話し合いの席につくことでしか

始まらないんだと思いました。

 

「根拠は?」と聞かれて

「なんとなく」というのは、

本当は話にならないのだけど、

でも、それでも言わないと始まらない。

 

そのためにテーブルにつくことなんだよなあと

思った今年のGWでした。

 

本当に素敵なものを見せていただき、

ありがとうございました!

 

では、また!

 

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