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言葉だけじゃたりない?!

日本語教師わかばの綴る日常のあれこれ。映画や本について書くことが多いです。たまに旅行記やアウトドアも。

テレビ【ゆとりですがなにか】大人も間違える。他人の間違いを許せる大人になってください。

今は亡き落語立川流家元の立川談志

「落語とは人間の業の肯定である」と言いました。

意味は、「今日だけは酒を飲んではいけないとわかっていても、

酒を飲んでしまうヤツがいる。

もう博打はいけねえってわかっていても、

やめられねえやつがいる。

落語ってのはそういう人間が主人公なんだ。」

 

こんばんは。

わかばです。

 

ゆとりですがなにか Blu-ray BOX (6枚組・本編5枚+特典1枚)

ゆとりですがなにか

面白かった~!

あまり何も考えずに観ていましたが、

ところどころに刺さる言葉があって、 

笑えるところもあって、

俳優もみんな役にちゃんとはまってて

観ていてすっきりしました!

岡田くん、かっこいいよ~

 

気にしなくていい

このドラマを観ていて思ったことは、

「まぁ、こまかいことは気にしないでいいんじゃないかなー」ということ。

職場とかでいろいろ注意してくる人の注意というのは、

ちゃんと聞かなくていいことが8割だと思います。

ほとんどはどうでもいいこと。

または、どうにもならないことです。

例えば、「ちゃんと掃除して」とか「売上げがよくない」とかいって

個人攻撃を仕掛けてくる人がどこにでもいますし、

わたしがOL時代にもたくさんいましたが、

そういう人は自分の優位性を、知らしめたいだけだと思います。

本当に「職場をきれいにしたい」「売上げをよくしたい」と思っている人は

全体に働きかけて、システムを変えようとします。

 

「てつがく」をつくる

すべての注意を真摯に受け止めていたら

、自分が崩壊しかねません。

「これは聞くべき」か「これはスルーでいい」か

判断できる力を持たなければなりません。

じゃ、その判断できる力ってやってつくの?ってことなんですが、

それは、自分のなかに「てつがく」を作っていくしかないのです。

「わたしはこう思う」「わたしはこうする」という基準をつくる。

じゃあ、その「てつがく」ってどうやって作るの?

それは「人との出会い」でしかないんじゃないでしょうか?

 

人との出会い

でもね、もう社会人になっちゃうと

人との出会いって限られてくるのですよね。

だから、自分から会いに行く。

面白そうなところには、行ってみる。

行ってみて、話しかけてみる。

これをくり返さないと、

自分のなかの「てつがく」や「判断力」は形成されていきません。

実際、日本語教師のみなさんも学生に

「いろんなとこ行って、日本語使いましょう」みたいなこというけど、

自分はやってんの?って思うこともしばしばです。

人と出会い、話して、影響を受け、行動に移すことによって、

自分の「てつがく」は固まって行きます。

いや、別にセミナーとか勉強会だけじゃなくて、

レンタルおじさん的な人頼んで、話聞いてもらっても、

それもひとつの出会いだし、

本も映画も出会いだしってわたしは思っています。

 

人を許せる大人

そうはいっても、人は間違います。

ドラマのなかでも言ってたように。

それは、「人は人それぞれで、いいところもあるけれど、

欠点もある。完璧な人はひとりもいない。それを認め合おうよ」

ってことかなって思いながら観てました。

最近はテレビやニュースでもちょっとでも間違ったことしたら、

全員でメッタメタにする・・・!っていう風潮がありますよね。

その風潮に対する強いメッセージのような気がします。

メッタメタにしてる人も、

もしかしたら、見えないところでメッタメタにされているような気もします。

その負の循環を断ち切らないと、「ちょっとでも悪いことをしたら徹底的に叩く」

というのはなくならない気がします。

だから、自分のなかで「てつがく」を持ち、

細かいことは気にせず、何をいわれてもスルーして、

人の間違いを許せる自分でいたいなぁと思いました。

 

人の間違いを許せるゆとりを。

では、また~。