こういうことをつぶやきました。
ルビ付が功を奏すのは、耳から先に覚えた場合に限るんだよねえ。そうでなければ、その言葉自体を知らないのにルビがあったってわからないにはかわらない。
— わかば@世界をひろげる日本語教師とライター (@saeriwakabaya78) 2019年10月17日
新しいコースの読解の授業で、
「ルビがないと読めない」と言われたことがきっかけでした。
私は日本語学校の読解の教材にルビは要らないと思っています。
なぜかルビを読んで、音読できたことで、
わかった気になってしまうからです。
ルビのない漢字をみて、
漢字圏の学習者は読み方を学ぶ
非漢字圏の学習者は漢字そのものを学ぶ。
つまり、その漢字が持つ意味のこと。
そのためにはどうしたらいいのか?
漢字に特化した教材もいいけれど、
私は出来るだけ読み物を使いたいと思います。
文章を読んでいく中で、
語彙を増やしていきたいからです。
そのためにはどうすればいいのかということを
考えていきたいと思います。
レベルにあった読み物を読む
まず、これ。
難しすぎず、簡単すぎずがいいです。
漢字圏と非漢字圏との混在クラスで、
非漢字圏のメンバーの数が少ない場合、
どうしても難しい新聞記事などを選んでしまいがち。
でも、上記のように、
漢字圏と非漢字圏で目的を明確に分けることによって、
読み物の難度は落とせると思います。
そして、中級の最初は和語の多い、
子供向けの読み物を選んでもいいと思います。
私は「読売こども新聞」や以下のような本から
読解教材を選んだりしました。
その場合、総ルビですので、ルビを消します。
読み方がわからなくてもいい、大事なのは意味をとること
一応、回し読みで音読してもらうのですが、
これは、漢字圏の学生さんに自分は読み方が
わからないのだと自覚してもらうためでもあります。
そして非漢字圏の学生さんは読めないことに
落ち込みますが、それは読めなくてもいい、
ここでは意味を覚えてほしいという風に伝えます。
そして、どうしても漢字圏の学生さんと自分を
比べて、どんどんテンションが落ちていくこともあると思います。
が、そこは全力で応援です。
読み物は「おもしろい」ものを
そうまでして漢字に向き合う時に、
教材がつまらないのは致命的です。
自分でも読んでおもしろい
たとえ短いものでも
学習者の血となり肉となるような
文章を選びたいものです。
そのためにも、日々読書は欠かせません。
こんな授業を展開すると考える時、
やはりふりがなは不要だと私は思うのです。
ふりがなが必要なときというのは、
日本語母語話者をはじめ
耳、つまり音から日本語を覚えた学習者が、
書き言葉にたち向う時、
音で持っている自分の語彙と、
紙の上に文字となって印刷されている語彙が、
同じであることを確認するためのものだと思うのです。
だから、そういう学習者以外の文字も同時に
学んでいる学習者には、ふりがなは不要だと思います。
以上です。
では、また〜