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言葉だけじゃたりない?!

日本語教師わかばの綴る日常のあれこれ。映画や本について書くことが多いです。たまに旅行記やアウトドアも。

読書会【幸せになる勇気】「あなたはYDK」それをいうのは是か非か?!

先日、娘の学校で授業参観がありました。

国語の授業で、オノマトペの多いお話を工夫して音読するという授業。

①どんな工夫ができるか話し合う

②グループに分かれて工夫した読み方をする

③発表

④感想を言う→書く

以上の内容の45分授業でした。

先生の指示がよく通っていてよい授業でした。

 

こんばんは。

わかばです。

 

以前こんな記事を書きました。

そして今回・・・

初!読書会を行いました!

wakaba78.hatenablog.com

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幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

 

経緯を説明しますと、

日本語教師仲間で数か月に一度集まっていました。

そこで、アドラーの「嫌われる勇気」が話題となり、

著者の岸見一郎先生の講演に行くなどしていました。

わたしたち(特にわたし)はすっかりアドラーにハマってしまいました。

それで、このたび、「幸せになる勇気」が発売されたのを機に

いつもの呑み会が読書会となったのです。

今回はこの本の第一部を読みました。

 

勉強に対するモチベーション

参加者は現役日本語教師3名+児童英語教師1名

そこで一番話題となったのが、

どうすれば、学生や子供のモチベーションを上げられるか?

ということでした。

要するに、モチベーションの低い学生に宿題や課題を

与えて、教師自身がその学生の学習のコントロールをするというのは、

アドラー的には正しい行いなのか?ということ。

 

あなたはYDK

YDKというのはつまり「やればできる子」ってことです。

児童英語教師の参加者Sさんは、「やればできるのにもったいないって思うから、

『これとこれ、かならずやって来てね。やればできるんだから。』」

とどうしてもいってしまうと言っていました。

これ、どうなんでしょう?

「やればできる」というのは、つまり

「今はできていない」であり、「今はやっていない」のです。

そして、教師の「ここまではできてほしい」というものさしで

学生を評価しているように感じます。

もちろん学習に対する評価をするのは教師の役割ではあると思いますが、

一見、励ましているかのようにみせかけておきながら、

教師のものさしで学生をはかっているように思うのです。

 

「あなたのために」は本当はそうではない

それを学生はするどく察知します。

「あなたのためを思って言っている」

というのは、実は往々にして、

「わたしのために言っている。」

だったりします。

「教師としての評価を高めたい。」

「他の教師から無能だと思われたくない。」

という気持ちがどこかに含まれていないか?

そういう気持ちのために、

「あなたはやればできる子よ。」などというのは

間違っているという結論に達しました。

 

課題の分離

アドラー

すべての悩みは人間関係の悩みである

とし、その解決のためには

「課題の分離

が重要であると言っていました。「課題の分離」というのは、

「その選択によってもたらされる結末を、最終的に引きあけるのは誰なのか。子どもが勉強をしない。将来を案ずる親は、勉強しなさいと叱りつける。しかし、ここで「勉強しないこと」がもたらす結末ー要するに希望の高校に進めないとか、就職がむずかしくなるとか―を最終的に引き受けるのは誰か?とりもなおさず、それは子供たち自身であって、間違っても親ではない。すなわち勉強は「子どもの課題」であり、親が介入すべき問題ではない。

ここでかならず、「じゃあ何もしてないでいいってこと?ほっとけってこと?」

という疑問が浮かび上がりました。

「叱ったり褒めたりするのはいいことなのか?」

このあたりは第2部、第3部に詳しいのでまた次回ということになりました。

 

教育は「介入」ではなく、自立に向けた「援助」

 第一部では「教育」とは何かその素地のようなものについて、

述べられています。

教育の目標は「自立」です。

教育とは「介入」ではなく、自立に向けた「援助」です。

じゃあ、まず教育者としてはどのような一歩を踏み出さないといけないか?

答えはひとつ「尊敬」です。役割として「教える側」に立っている人間が、「教えられる側」にたつ人間のことを敬う。尊敬なきところに良好な人間関係は生まれず、良好な関係なくして言葉を届けることはできません。目の前の他者を、変えようとも操作しようともしない。何かの条件をつけるのではなく、「ありのままのその人」を認める。これにまさる尊敬はありません。

まとめ

呑みながら、話ながら、脱線もしながらの3時間でした。

非常に有意義な時間でした。

1回読んだだけでは気がつかなかったことや、

誰かの意見で気がつくことがたくさんありました。

そして、すべて明日からの日常生活で実践可能であることも

再確認できました。

来月も楽しみになってきました。

 

人生に読書会を。

では、また~。

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

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